学際知の地平

ポストモダン・ポストナショナル・ポストグーテンベルク・ポストヒューマンな時代に不気味な民主主義を考える

経済構造のパラダイムシフトと人材育成

 久しぶりの読書録である。今回取り上げるのは次の書籍である。

なぜローカル経済から日本は甦るのか (PHP新書)

なぜローカル経済から日本は甦るのか (PHP新書)

 

これまで経済学では世界を一つに捉えて普遍的に適用できる処方箋を提供してきた。大雑把に言えば、ケインズの需要管理政策、フリードマンの貨幣供給量政策など、20世紀以来の主流な経済学は一国内での総体的な共通政策であったと言える。ある政策が適用されると一律的に等しく国内に影響を及ぼしてきたのである。現在の経済学の課題は、グローバリズムの深化によって経済が一国内にとどまらず、世界情勢が国内経済に直結するという事態に対処できないという点にある。

たとえば、金利を下げると市場にお金が出回るというセオリーについてみれば、金利の下がった通貨は価値が低下し、より高い金利設定の外国通貨へと流れる(つまり円を売ってドルを買うなど)。その結果として通貨が安くなるはずである。しかし、実際には現在、史上初のマイナス金利に突入したのにもかかわらず円高圧力が強まっている。それは、海外通貨と比べて、それでも円が比較的安全資産だからである。また、生産拠点を多く海外に移転した日本にとっては、通貨変動の影響はかつてより小さい。従来のセオリー通りにはストレートに効果が出てこないようになっている。

その中で本書はグローバル型とローカル型に国内経済を区別した。これは、従来のいわゆる「都市」と「地方」とは別の概念である。都市の中にもローカルがあり、地方にもグローバルがある。すなわち、グローバル型とは自動車などの日用品から日本酒などのニッチなものまで含めたプロダクト生産に携わり、世界市場を相手に活躍するものである。一方で、ローカル型とはサービス業を中心とする場所と密接な関係を持つもので、医療や介護、飲食、タクシー、コンビニ・スーパー、交通、地域の銀行など、地域密着で提供・消費される生活基盤・インフラサービスのことである。

いわばグローバル型は生き馬の目を抜く厳しい中を集約化や効率化を通して生き残らなければならず、熾烈な競争社会に身を置く「やくざな経済」である。一方のローカル型は労働生産性は低く、人と人とのゆるやかな連帯を基軸とした「かたぎな経済」であり、里山資本主義のようなものをイメージするとよいだろう。こうした質の異なる世界が国内に存在していると指摘し、したがって一律の経済政策は一方にしか恩恵をもたらさないという本書の見解は、非常に新しく斬新なものであると思う。そして、こうした2つの国民への経済政策において、現在の経済学は効果的な処方箋を提示できないでいる。このあたりの分析は、アカデミックな経済学者からではなく、プラクティカルなコンサルタントから出てきた妙味である。

しかし、この枠組みがG型大学・L型大学という議論、あるいはG型で求められるエリート、L型で求められる労働者というような議論、すなわち人材論へと結びつくと、いささか違うものを感じる。本書の議論では、従来の「都市型」、本書の議論での「G型」が「勝ち組」で、従来の「地方」に残ることやL型が「負け組」といったイメージが伴う。G型では国際社会を泳げるエリートが必要で、L型には県大会で活躍できるレベルの経営者がいて残りは単純労働者でよいというようなイメージである。

そうではなくて、人材においては、L型にも充分にG型に引けを取らないエリートが必要なのであり、活躍する場や環境、舞台が異なるに過ぎない。だから、経済構造分析においてG型・L型というパラダイムシフトを為した部分はすごいと思うが、それを人材育成にまで拡大したところは誤りと思う。少なくとも、大学教育においては、G型もL型も共に両輪としてあるべきで、セオリー&プラクティスな教育が欠かせないものと思う。人々の生活に資さない学問は無益であるし、実学に昇華されない学問は無意味である。ここでいう実学とは、人々の精神活動に役立つ文学芸術も含めている。実利的とか金になるとかいう意味ではない。

だから、この著者による経済構造分析の慧眼には尊敬の念を持ちつつ、この著者の提唱によるG型大学・L型大学への整理・再配置には僕は反対であるし、文科省が打ち出す文系学部の縮小にも異論がある。G型・L型という単純な二項ではない。むろん、現実の経済構造でも、それまで意識されてこなかった境界線なのだから、この企業はG型だL型だと言い切ることは出来まい。たいていは二項の要素をどこも含んでいることと思う。バッサリと大ナタを振るって現実を理論に沿わせるよりも、理論の精緻さと現実の曖昧さとの両輪をうまく勘案してバランスを取って舵取りをする「真のエリート」が必要である。