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学際知の地平

ポストモダン・ポストナショナル・ポストグーテンベルク・ポストヒューマンな時代に不気味な民主主義を考える

建国記念「の」日

時事論考

今日は「建国記念の日」です。

ところで、世界の建国記念日は、それぞれの国情に合わせて決められている。たとえば、アメリカをはじめとした旧植民地の場合は多くが独立に関連した記念日(宣言・署名・革命など)になっているし、ドイツは東西ドイツ再統一の日である。つまり、現体制になった日を「建国」としている国が多い。では、統一の政体(天皇制)として世界でもっとも古い歴史を持つ日本の「建国」はいつなのだろうか。

日本の「建国」は、「初代天皇である神武天皇の即位日」(つまりは紀元節)となっている。しかし、そもそも神武天皇は、古事記では137歳、日本書紀では127歳まで生きたと伝承されている人物で、その実在性を含めて謎の多い天皇である。もちろん、その即位日も「建国神話」に由来しており、神武天皇元年1月1日を明治政府新暦に直し、2月11日と定められた。そして、この日に合わせて、大日本帝国憲法(旧憲法)が発布された。天皇に関わる祝日のうち、いわゆる宮中の伝統的祭事としては比較的新しい祝日である。

ということで、この日は明治政府天皇の神聖性を謳って中央集権化を推し進めていこうという政治的色彩の強い日であった。1891年(明治24年)には小学校祝日大祭儀式規程が定められ、天皇皇后の御真影(写真)に対する最敬礼と万歳奉祝、校長による教育勅語の奉読などからなる儀式を小学校で行うことになった。こうした経緯もあり、第二次世界大戦の敗戦により、一度はGHQによって廃止された。

日本の独立回復後、復活の機運が高まるも、日本社会党の反対に遭い、自由民主党議員立法として9回の提出と廃案を繰り返した。その過程では、強行採決の際には抵抗した日本社会党議員らに体当たりされ、自由民主党議員が入院するという一幕もあった。結局、「建国されたという事象そのものを記念する日」として、その神話性・天皇家の色彩を薄める解釈の余地が成り立つ「の」を入れることで、「建国記念日」は「建国記念の日」として復活を果たすこととなった。

こういう経緯から、特異なこととして、「建国記念の日」は法律によって日付が定められていない唯一の日になっている。その日付は政令によって定められるとし、1966年(昭和41年)、佐藤内閣が「建国記念の日は、二月十一日とする」とする「建国記念の日となる日を定める政令」を公布し、即日施行した。

祝日は各国で独自に定めるものであり、その国を表象する類のものである。当ブログにおける「祝日解説シリーズ」は、日本という国を知るための材料として祝日を取り上げている。祝日に歴史あり。単に「建国をしのび、国を愛する心を養う」という制定理由のみならず、その背後にある理由にまでアクセスすることではじめて、「建国をしのび、国を愛する心を養」えるのではなかろうか。こういう本質論、そもそも論を蔑ろにする教育をしてはならないと思う。ここまで教えるからこそ、賛否両論が生まれるのだから。