学際知の地平

ポストモダン・ポストナショナル・ポストグーテンベルク・ポストヒューマンな時代に不気味な民主主義を考える

新元号 解題

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元号

早速にも練習をしてみました。「令」の字はなんともバランスの取り方が難しい。「和」のほうはいくぶん慣れている字でした。二番煎じ、三番煎じになることを覚悟の上で、改元を記念して備忘録として1つ記事を投稿しておきたい。

初春の令月(れいげつ)にして、気、淑(よ)く、風、和(やわら)ぎ、梅は鏡前(きょうぜん)の粉(こ)を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香(こう)を薫(かおら)す

初春の佳き月、空気は美しく風も和やかで、梅は鏡の前で化粧をする(おしろいをはたく:フェイスパウダーをつける)ように白く咲き、蘭は腰帯に付けた玉器のように香っている

手始めに、時の宰相による説明を附しておこう。

 この「令和」には人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つという意味が込められております。万葉集は1200年あまり前に編纂された日本最古の歌集であるとともに、天皇や皇族、貴族だけでなく防人や農民まで幅広い階層の人々が詠んだ歌が収められ、我が国の豊かな国民文化と長い伝統を象徴する国書であります。

 悠久の歴史と香り高き文化、四季折々の美しい自然、こうした日本の国柄をしっかりと次の時代へと引き継いでいく、厳しい寒さの後に春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように、一人びとりの日本人が明日への希望とともにそれぞれの花を大きく咲かせることができる、そうした日本でありたいとの願いを込め、「令和」に決定致しました。

万葉集という歌集の位置付けを通して「令和」の背景を描き、まさに万葉集におけるのと同じように多様な階層の人々が集い、そこで生まれた文化が伝統的となるほどに長く保存され育ってきたという想いを乗せたという。さらには、出典となった歌の背景が「梅花の歌三十二首」の序文からとなっているが、ここに「梅の花」がある。ここで総理談話の「厳しい寒さの後に春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花」の比喩が生きてくる。ここに四季折々の変化を読み込み、さきほどの多様性に裏打ちされた「1人びとり」の一輪が大きく花開き、その総体としての日本の姿を描いている。なんとも壮大である。

多様性はダイバーシティとして東京都を始め、多くの政策の中で注目されているし、新学習指導要領の中でも謳われている「21世紀の教育」が要請されている要素でもある。きわめて現代的な文脈とも合致する願いである。

また、「梅の花」に注目をすれば、その花言葉は「不屈の精神」あるいは「高潔(心が気高く清らかなこと)」である。デフレの日本にあって、不撓不屈の精神は必要不可欠の精神の在り方であり、道徳の荒廃が指摘されるようになった日本にあって、「高潔」は地域コミュニティ再生の鍵でもあろう。更に一つ一つ見れば、紅梅の花言葉は「優美」、白梅の花言葉は「気品」である。ここに文化の香りを感じるのは僕だけではないだろう。「多様な梅の花」の個性の総体として「全体としての梅の花」がある。

そして、「梅の花」は次代天皇となる皇太子徳仁親王殿下のお誕生日である2月に美しく咲く花でもある。「令和」と共に歩まれる次代天皇に相応しい元号ではないだろうか。名前はこうなって欲しいとの願いを込めて付けられる。親が子に託す想いの象徴でもある。「令和」という名前に込められた壮大な想いを忘れることなく、僕もまだまだ次代で花を咲かせようと思う。

ちなみに、これまでをちょっと振り返って、今回の記事を終えることにする。

「平成」は、『書経』の「地平天成」で「地、平(たいら)かに、天が成る」からで「国の内外、天地とも平和が達成される」ようにとの願いを込めた。

「昭和」は、『書経』の「百姓昭明、協和萬邦」で「百姓(ひゃくせい)昭明にして、萬邦(ばんぽう)を協和す」からで、「 国民の平和および世界各国の共存繁栄を願う」ものであった。

「大正」は、『易経』の「大亨(だいこう)は以って正天の道なり」からで、「天が民の言葉を嘉納(進言などを高位の者が喜んで聞き入れること)し、政が正しく行なわれる」ようにとの願いを込めた。

「明治」は、『易経』の「聖人、南面して天下を聴き、明に嚮(むか)ひて治む」からで、「聖人が北極星のように顔を南に向けてとどまることを知れば、天下は明るい方向に向かって治まる」という意味が込められていた。