学際知の地平

ポストモダン・ポストナショナル・ポストグーテンベルク・ポストヒューマンな時代に不気味な民主主義を考える

人物試験というナンセンス

昨日の投稿記事に続いて、今日は人物試験なるものについて考えてみたいと思う。

昨日の記事の中で、僕は平成時代に進んだ人物重視傾向の教育および就活(採用)についての流れを説明し、しかし、人物重視ということ自体はエリート層においては戦前からも続くものであると述べた。したがって、大衆教育が成熟し、それを受けて社会に出る学生にも人物が求められること自体は自然な成り行きだと思うし、むしろ、社会の上層部やエリートには、それにふさわしい人格、品位、人付き合いが備わっていて当たり前だと思う。

少し話はずれるが、昔の支配者層や今の社長など、およそ人の上に立つ最上層においては、帝王学なるものが存在し、脈々と受け継がれているものと思うが、これとて「最上層にふさわしい人格、品位、人付き合い」についての教えなのだ。僕のお気に入りの書物、チェスターフィールド卿の『わが息子よ、君はどう生きるか』や、スマイルズの『自助論 』なども、人格、品位、人付き合いについて多くの紙幅を割いている。この2冊については、下の方に詳しいリンクを貼った。

話を戻そう。人物重視というところに賛成ながらも、大学入試や就職採用試験において「人物試験」を採り入れることについては、反対の立場である。というのも、試験というものの性質上、公平性・透明性を期し、その選抜結果については客観的で納得のいくものである必要がある。つまりは、採点表という名の「モノサシ」が必要になってくる。個を重視し、多様性を重視すると言いながら、その実、実施においては画一的で統一的なモノサシを適用することになる。

このモノサシについて、現在、最も広く使われ、採り入れられているものがコンピテンシー型評価である。これはアメリカで開発された指標で、高い業績を収めた人の行動特性を統計的に(つまりは科学的に)弾き出したものである。およそ6項目に分かれ、主体性、実行力、知力、伝達表現力、チームワーク、耐性などから成っている。これを仮想ではなく、過去の実際の実体験を示すことで証明して見せよという形式である。蛇足であるが、これが教育の指導要領に影響を与えているのは明白であろう。

これには3つの問題がある。

1つには、これが大きくビジネス的要素に傾いていることである。きわめて合理的であり、効率的であり、資本主義的である。災害を期に高まった「絆」という意識はチームワークでは語りきれないであろうし、自己犠牲を伴うボランティアは合理的ないし効率的とは思えない。そして、資本主義は崩壊の危機を迎えていると喧伝されている時代なのにもかかわらず、である。アメリカを始めとした右肩上がりの経済に黄色信号がともっている時代背景を無視し、かつての土壌で高い業績を収めた人を一次資料としているのである。

2つめに、この6つの要素から漏れた要素についての扱いが定まっていないことである。極論すれば、試験になってしまえば、試験で問われないものについては努力も対策も為されなくなってしまうという懸念が生じるのである。国語のテストに古文・漢文が出ないとなれば、学校での授業からも古文や漢文が消え去ってしまうのと同じ現象である。また、逆算して、試験項目だけに対策をした偏った人物が出来上がってくることも容易に想像できる。松下幸之助は6項目で大いに点数を取ることが出来るだろうが、松下幸之助の魅力にはそれらだけに止まらない「何か」があり、それが人々を今もなお魅了し続けているのではなかろうかということである。この「何か」の存在はきわめて重要であると思う。

そして、3つめに、誰が採点するのかという問題がある。採点者は少なくとも評価項目についての知見を持っている必要がある。そうでなければ採点し得ない。にもかかわらず、集団討論をしたことのない人が集団討論を評価し、主体的に行動していないマニュアル人間が主体性を評価することが往々にして存在している。ルールもあやふやな野球のド素人に野球の審判をさせるようなものである。そのような人が審判を務める試合がトラブルなく終わるとはとうてい思えない。

こういう理由から、僕は人物重視については賛成だけれども、人物試験には反対なのである。試験において見る「人物」という枠をはめてしまうことで、重視するべき人物そのものが矮小化されていく。試験の性質上、「人物」を定義してしまうことで、本来は多様な拡がり、バラエティの豊かさを持つ柔軟な「人物」が消えてしまう。人物試験においては、多様な人物を画一性・統一性の中に統合してしまうディレンマが存在してしまうのだ。もっと緩やかに人物を見、育てていく必要があると思う。

わが息子よ、君はどう生きるか

わが息子よ、君はどう生きるか

 
スマイルズの世界的名著 自助論 知的生きかた文庫

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