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学際知の地平

ポストモダン・ポストナショナル・ポストグーテンベルク・ポストヒューマンな時代に不気味な民主主義を考える

ポスト・グーテンベルクについて

哲学思想

新春特別企画4回シリーズの第3回目は、「ポスト・グーテンベルク」についてである。前回までと同じ要領で、「ポスト」は「~の後」という意味なので、今回は「グーテンベルク」についての話から始めたい。

グーテンベルクは、ヨハネス・ゲンズフライシュ・ツール・ラーデン・ツム・グーテンベルクという長い名前のドイツ人である。彼が活躍したのは、ルネッサンス期である。ルネッサンスの三大発明と言われる「火薬・羅針盤活版印刷」のうちの活版印刷を開発した人物である。彼以前には本は手書き写しか木版使用であったが、活版印刷の発明により、大量生産を可能とし、生産者にとっても読者にとっても、経済的に成り立つものとなったのである。

新春特別企画4回シリーズの初回と第2回では、「近代国家」の誕生・発展を前提としていた。我々の住むこの世界は、「近代」の発明によるものである。モダン(近代)とナショナル(国家)の話は、思想と制度である。そうした「近代国家」が生まれるためには、「国民」の存在が不可欠であるが、ここでいう「国民」は理性と知性を兼ね備えていなければならない。そうでなければ「国家」の支配者として主権者たり得ないからである。この「教育」を可能にしたものこそ、身近に本があるということである。活版印刷は機内国家に生きる啓蒙された国民を生み出したのである。

ところが、少し前から「活字離れ」が話題に上るようになった。新聞の購読数は、日本新聞協会(社)によれば、1997年の4726万部から2016年の3982万部へと、およそ10年間で744万部も減少している。他にも、総務省のデータに拠れば、書籍、月刊誌、週刊誌、コミックなども1990年代後半から軒並み発行数が減少している。一見すると、数字の上でも裏付けられているようにも見えるが、活版印刷に拠るような「紙の本」が減少したに過ぎない。

このブログの読者もそうであるが、ネット上の「活字」に親しむようになってきたのである。ネット上の「活字」はなかなか勘定できないが、電子書籍の場合には少しデータに当たれる。2010年に電子書籍の売り上げが650億円だったものが、2015年には1584億円にまで増えている。2020年には3000億円に成長するとの試算もある。一方、紙の書籍の売り上げは2015年度で1兆5220億円あるが、1996年のピーク時に2兆6563億円だったことから考えれば、ずいぶんな落ち込みようである。

つまり、「ポスト・グーテンベルク」とはインターネットや電子書籍のことである。「ポスト~」の後ろの部分が比較的明確である。活版印刷に代わる新しい技術が登場しているが、それらをひとまとめにして表現することはまだ難しい。グーテンベルクの技術が世の中を変えたように、インターネットという技術は世の中を変えつつある。それがどのようにどこまで何を変えるのかは未だ発展途上であり、不明確な部分も多い。

活版印刷は本や新聞、雑誌など、大衆を一つの方向に向かせることを呼び起こした。インターネットの存在は、個々の人々に多種多様な方向を向かせるのに貢献している。こうした変化が今後、どのようになっていくのか。こうした問いを胸に起きつつ、社会を見ていきたいと願っている。これが当ブログの第三の柱である。