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学際知の地平

ポストモダン・ポストナショナル・ポストグーテンベルク・ポストヒューマンな時代に不気味な民主主義を考える

怖い熱病

小池都知事がリオ・パラリンピックに旅立つ直前、政治塾を開設する意向を示しました。これは、翌日に自民党都議連が知事選挙の時に小池氏を応援した区議らに離党勧告を出したものに先手を打ったものと思われるが、こうしたあたり、したたかに政治家だなぁと感じた。もともと政治塾なるものはかなり前から構想をちらりと語ってはいたが、具体的な立ち上げに言及したのは、これは初である。タイミングが実に素晴らしい。

自民党から離党するように言われた区議の受け皿をきちんと作り、自分を応援してくれた区議に対して、きちんと義理を果たした。仁義が過去の遺物になりつつある時代に、本当に素晴らしいものだと思う。築地市場豊洲移転については、地下空洞の存在が明らかとなり、当初の予定にないタナボタであろうと思うが、勢いとはこういうことをいうのだろう。小池都知事に追い風である。

しかし、その一方で、小池新党を作ること(政治塾の立ち上げ)を受けて、都自民党にいては落選する、小池新党に入れば当選するというような風潮に危惧を覚える。一時期の民主党政権待望論の時のように、あるいは大阪維新旋風の時のように、世の中一色になってしまう日本の空気感がどうも好きになれない。前述のように小池都知事は素晴らしいと絶賛する気持ちがある一方で、世の中が一色に染まっていくと、一歩引いてしまう自分がいる。熱狂の中に身を置きたくないのだ。冷静な判断ができなくなるからである。

もちろん、この熱病はトランプ氏やサンダース氏、あるいは英国のEU離脱投票など、日本に限らず広く見られる現象である。このあたりの考察は今後とも深めていきたいと思う次第である。

ともかく、橋下大阪維新の時のように、小池都知事の勢いが一時のものとならないよう、身のあるものとして結実していくよう、応援したい。劇場型の政治といわれて久しく、小池都知事の手法はまさに典型的な劇場型政治であるが、有権者が踊らされなければ、劇場型であってもかまわない。有権者一人びとりがきちんと考えられさえすればいいのである。政治家は勢いに乗って改革を進めることは、運も含めて実力なので良いのだが、有権者のほうは勢いで判断しないようにしたいものである。