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学際知の地平

ポストモダン・ポストナショナル・ポストグーテンベルク・ポストヒューマンな時代に不気味な民主主義を考える

都知事選で推す候補表明

東京都知事選が展開されている。およそ候補者の公約なども明らかになってきた。そこで、ブログも一つのメディアであるから、欧米のメディアに倣って、当ブログでも政治的立場を表明しようかと思う。特定の思想がどうというのではなく、今回の都知事選においてどうかという検討をしたいと思っている。したがって、政党の支援は考慮の外に置こうと思う。とはいえ、最近の政党に原理原則や主義主張があやふやになっているところがあるので、どの政党が誰を押しているのかについては、思想的な検討を要しないであろう。政争や勢力争いによる呉越同舟状態であるのだから。

さて、当ブログでは、過去最大数の21人の立候補者がいる中で、小池百合子女史、増田寛也氏、鳥越俊太郎氏(立候補表明順)について考察をしたい。この3候補による三巴戦になると思っているので、他の候補には申し訳ないが、ここで評論しない。もし、この3候補以外の候補者が当選したら、当ブログの不明が明らかになるということだ。

まず、真っ先に僕が支持しないと決めた候補は、鳥越俊太郎氏である。一つには年齢が問題である。4年後には80歳になるだけでなく、4度の癌を患ってきたことに対する健康不安もある。桝添前知事が67歳にして毎週のように温泉保養に出なければならぬほどの激務である都知事職が、より高齢の健康不安を抱えた人に勤まるとは思えない。もう一つには、立候補表明の時の記者会見である。都の施策について、「知らない」「分からない」の連発は、都政を任せてみたいとは思えなかった。

また、彼が第一に掲げた政策は「癌検診100%」である。池袋での公示後初の街頭演説では、平日にプラカードを持った人々が押し寄せていたが、これも不安材料の一つ。普通の人の集まりでなく、市民団体に囲まれている印象を受けてしまった。一方で、こんなにも「癌検診」を支持している人がいるとは思わなかった。僕自身は、それよりも東京の少子高齢化対策のほうが大切だと思っている。

次に支持しないと決めた候補は、増田寛也氏である。彼のことは2014年のいわゆる「増田レポート」以来、注目していた人で、彼の主張には一目も二目も置いているし、多くを彼から僕は学んだ。そこでの主張は、やや乱暴な要約ではあるが、東京一極集中を改め、東京から人口を拡散し、東京の予算を地方にぶんどるというものである。どこか地方の首長であるなら応援をしたいが、こと東京の首長としては不適格であるように思う。東京を衰退させかねないからだ。

日本全体で見れば均すことはよいが、都知事であれば、それは他からの要求に応えての交渉や、国からの圧力に抵抗しながらも応えていくという方向になるはずで、最初から東京の首長が地方への分散を処方箋として持っているのには不適切と感じる。地方への移住を通して東京の医療・介護不足を補い、東京から発する日本の危機を地方活性化で解決しようと提案してきた増田氏には、ぜひとも東京以外で知事に立候補されることを勧めたい。

ということで、消去法的に小池百合子女史が東京都知事にふさわしいとの結論に達する。小池女史にしても不安がないわけではない。政界の渡り鳥で権力者を嗅ぎ分けて生きてきたところに誠実さを感じないし、秋葉原でコスプレをした自らの過去を述べ、東京全体をアニメランドにと迎合する姿勢を、僕は快しと感じない。秋葉原で東京をアニメランドにと叫ぶことは、権力者を嗅ぎ分けてきた嗅覚のなせる技なのかもしれない。

しかし、主張していることがもっとも明確で、抽象的なスローガンに留まる他候補とは一線を画している。2005年以降、東京10区を基盤としており、東京の事情に詳しいというのも強みであろう。一つだけいただけないのは、都議会の冒頭解散を公約に掲げたこと。知事には地方議会の解散権はない。つまり、権限にないことを確約したわけで、これは問題と思う。もっとも、冒頭で議会と対立し、世論が都議会をして不信任案を出させるように追い込ませられるならば、それに対抗して議会解散もできようが、ややアクロバティックな策であり、その実現性は低いであろう。解散されると分かっていて知事に不信任案を突きつけるような都議会ではなかろう。

つまり、小池百合子女史にしても、積極的に支持する理由はない。しかし、現実的に考えた結果、もっともマシだという判断である。21人という史上最大の立候補者数を得ながら、なんとも寒い状況だなぁとは思う。それは、劇場型大衆政治がもたらした結果であり、国民(都民)一人一人の選択の結果である。だからこそ、当ブログでは過去の様々なモノサシが通用しなくなる中で、しっかりと一緒に考えていきましょうと呼びかけているのである。僕もこのブログという場を借りて、思考停止に陥ることなく、しっかりと思考を積み重ねていきたいと思っている。