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学際知の地平

ポストモダン・ポストナショナル・ポストグーテンベルク・ポストヒューマンな時代に不気味な民主主義を考える

Brexit(ブレグジット)問題

時事論考

ここ数日、英国のEU離脱を巡る国民投票結果が話題に上っている。実は投票日当日の前後、僕は入院していたので、けっこうリアルタイムで膨大な情報にアクセスできていた。まずは情報をまとめてみよう。

もともとの不満は、「移民」に対するものである。しかし、この「移民」は少し前に話題となったシリアなどからの「難民」とは違う。同じEU加盟国から流れてくる「移民」である。この「移民」が問題となるのは、EUの理念と関係してくる。

EUの前身は欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)である。いわゆるシューマン宣言によって、戦争で用いられる兵器の製造に欠かせない2つの素材、石炭と鉄鋼に関する産業を統合することを目的とした共同体が設立されたのがきっかけである。やがて、石炭と鉄鋼に限らず、エネルギーでの協力体制(欧州原子力共同体)、関税同盟(欧州経済共同体)が設立され、この3つをもって欧州共同体(EC)となる。そして1993年、政治的統合も目指して欧州連合(EU)が設立された。二度の世界大戦を経て、戦争のない国際社会を作ろうという地域での試みであった。

この設立経緯が重要なのであるが、関税同盟から政治的統合に進む過程で、英国は欧州から一歩引いたところに居続けた。それは、Euroという統一通貨制度に参加しないという形でもっとも顕著に表れている。英国にとってはEC参加はあくまでも経済ないし貿易のための政策であって、EUという主権委譲を伴う政治的統合には常に警戒感を露わにしてきた。そして、EUは経済と貿易の観点から「ヒト・モノ・カネ」の移動を自由にした。

EU域内での「ヒト・モノ・カネ」の移動が自由になったことは経済的貿易的には効果大とするところであるが、同時に、EU域内での貧しい国から豊かな国への人口移動が起きた。また、英国は社会保障の手厚い国であるから人気は高く、ドイツと同様に「移民」の目指す先となった。しかし、その社会保障は税金で賄われる。それは直接的に英国民への税負担となって現れてくるし、仕事をより安い賃金で働く「移民」に奪われるし、本来使われるべき場所に税金が投入されずに「移民受け入れ費用」に税金が投入されるという状況を生み出した。

だから、国民投票の結果、イングランド離脱派が、スコットランドなどで残留派が主流となった結果には、一定の理由が存在すると見ることができる。ロンドンを抱えるイングランドでは、日常でそうした「不満」を肌身で感じることが多かったのであろう。比較的「被害」の小さかった地域で残留派が多かったのである。また、「移民」を得ることで利益を上げた資本家やエスタブリッシュメント(上層階級)はイングランドにおいても、もちろん残留派である。

また、報道に拠ると、英国の国民性も追い風になったとされている。これは大英帝国として世界に君臨した英国が、ブリュッセル(EU本部)の民主的ではない機構によって支配されることを是としなかったという理屈である。「国会が北京にあり、最高裁判所がソウルにあるとしたら、日本人は耐えられるか?」というのは、とある報道での英国人の喩え話である。

結果が判明するやいなや、国民投票のやり直し要求や後悔の話が伝わってくるようになった。また、英国のインターネット検索では、投票後に「離脱したらどうなる?」「離脱 影響」といった検索語が上位になっているという。離脱したらどうなるかを知らずに反対票を投じて、「あぁ、そんな大変なことになるのか!」と嘆いているという。これは、国民投票では近視眼的で感情的な結果が出たということである。目の前の「嫌なこと」にNOと叫んだだけで、「こんなことになるとは…」というところなのだろう。

国民投票に法的拘束力はないものの、主権者たる国民意思の直接表明は重い。議会制民主主義の発祥地が、直接民主主義の挑戦を受けている。直接民主主義が間接民主主義を補完するとの趣旨から、日本でも住民投票が注目を浴びるようになってきているが、今回の事例では直接民主主義のマイナス面が表に出た。今回の事例を英国がどう裁くのか、英国を中心に比較政治学を学んできた身としては、非常に高い関心を寄せている。