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学際知の地平

ポストモダン・ポストナショナル・ポストグーテンベルク・ポストヒューマンな時代に不気味な民主主義を考える

アメリカの伝統

5月5日の菖蒲湯から上がり、菖蒲の残り香を楽しみながらネット・サーフィンをしていると、面白い画像が飛び込んできた。

 

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上の画像はアメリカのタブロイド紙の一面見出しだが、共和党のシンボル「象」が死んだという記事になっている。少し訳出してみよう。

共和党 1854-2016

愛する共和党、私たちは今日、トランプ伝染病で亡くなったかつての偉大なる共和党の喪に服するため、ここに集いました。

 さんざんな言われようである。中国でさえも、「アメリカよ、冷静になれ」と声明を発している(中国外務省の洪磊ホンレイ副報道局長;4日の記者会見)。もちろん、日本にとっても在日米軍の維持費をすべて負担しなければ撤退すると明言されているので、やはり「冷静になってくれ」と呼び掛けずにはいられない事態である。

3日のインディアナ州での投票でトランプ氏が共和党大統領候補になることが確定した。これを受けての米国内、世界の反応が連鎖的に起きている。デパートでトランプ関連製品を販売しない、ゴルフトーナメントでトランプ氏所有のゴルフコースを使用しない、マスコミによる共和党らしからぬ政策への総攻撃など、表に出てくるものを見ている限り、トランプ氏には大きな欠陥があるように見受けられる。

基本的には、いわゆるヘイト・スピーチを公的な立場にいる人が公の場所で堂々と口に出してしまう倫理的な問題に焦点が当たっているとみるべきだろう。だから、企業やスポーツ関連が逃げ、マスコミが総攻撃を仕掛ける様相を呈しているのだ。建前を堅持しているともいえる。一方で、トランプ氏がここまで根強く支持されているのは、そんな建前ではどうにも立ち行かなくなった民衆が存在しているからなのである。

このあたりを「歴史は繰り返す」とばかりに民主政は衆愚政に繋がると見ることも可能だが、僕はもう少し別の角度から今回のアメリカを見ている。それは、アメリカは根本的に内向きな国家だという側面である。ここ80年余りの「例外的存在」があっただけで、アメリカはそもそもが内向き国家なのである。

建国においては宗主国イギリスの干渉を排除し、植民地のことは植民地でやるし、イギリスのことにはこちらも干渉しないからとして独立を果たし、その後、モンロー宣言でヨーロッパのことには干渉しないとし、第一次世界大戦の時にも国際連盟を立ち上げるときにも孤立主義政策によって国際社会への関与を否定してきている。第二次世界大戦の時にも、終わりに近づいた時にチャーチルによって引きずり出されたわけで、そこからの行きがかり上、冷戦期を通じて80年近く、国際社会へと出てきているに過ぎない。

この意味では、トランプ氏の存在は、伝統的なアメリカの姿である。「他国のことは知らない、自分たちには自分たちのことをするだけで精いっぱいだ」という露骨なまでの主張は、しっかりとアメリカの伝統に根付いているものなのだ。今のアメリカ産業界やマスコミなど、国際社会との繋がりなしには生きていけなくなった、この80年余りで台頭してきた勢力がトランプ氏に対抗していると見ることもできよう。

とはいえ、今のグローバリズムと情報通信の相互浸透時代にあって、突出した巨大プレイヤーが抜けることは国際秩序をも破壊しかねない。もちろん、アメリカ自身、非常に困ることにもなろう。しかし、民衆レベルではさほど感じないのも事実である。むしろ、外国企業や不法移民など、民衆の日常で目にするものはマイナス面の方が多い。

しかし、彼らを利己的と呼ぶことはできない。なぜなら、アメリカに冷静になれと呼び掛ける我々もまた、利己的な理由だからである。アメリカの民衆から見れば、たかられているように見えてしまうのもまた事実であろう。以前にこのブログでは、かつてのロス・ペローの時のようなガス抜きだと論じてきたが、思っていたよりもアメリカの鬱屈とした民衆の気持ちは深刻なようである。理性的であれ、アメリカの理性を信じる。こんな言説を検討することなく呑み込めない現状があるように思う。

この先もアメリカ大統領選挙、そしてそこから垣間見られるアメリカ社会への注目を続けていきたいと思う。