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学際知の地平

ポストモダン・ポストナショナル・ポストグーテンベルク・ポストヒューマンな時代に不気味な民主主義を考える

生活保護の精神

政治論考

10月9日、神奈川県議会県民企業常任委員会で、朝鮮学校に通う児童・生徒へ直接支給する学費補助金を受給している生活保護の5世帯のうち、4世帯が計約52万円を、年収250万円未満の非課税世帯の49世帯のうち45世帯が計約841万円を朝鮮学校に納付していたことが分かった。全体として、学費補助金を受けた202世帯のうち、約93%の187世帯が計約3098万円を朝鮮学校側に寄付として納付していたことを受けての追加調査である。小川久仁子委員は「寄付をする余裕があるなら生活保護を受給する資格はない。非課税世帯も、税金も払えないのに寄付をしているとすればゆゆしきことだ」と指摘した。

神奈川県は平成25年度、北朝鮮による核実験を理由に朝鮮学校への経常費補助金の支給を取りやめたが、平成26年度から児童・生徒個人へ支給する形で総額約4198万円の補助金を復活させていた。このうちの約3100万円が迂回経由して学校側へ流れていたことになる。

日本に永住、在留する外国人が減少する中、生活保護を受ける在留外国人が増えている。厚生労働省によると、平成24年度の生活保護を受給する外国人世帯数は4万5634世帯で、10年前の2万4049人のほぼ倍増である。特にここ数年の伸び率が高い。国籍別でみると、韓国・朝鮮人が約66%で突出して最多である。これにフィリピン人(11%)、中国人(10%)、ブラジル人(3.5%)が続く。

厚生労働省は今年3月、全国で生活保護の受給世帯が162万2458世帯(217万4331人)となり、過去最多を更新したと発表した。世帯別(一時的な保護停止を除く)では、65歳以上の高齢者世帯が78万6634世帯で全体の約49%を占める。景気の回復を受けて、働ける世帯を含む「その他の世帯」は27万6801世帯で前月から2062世帯減った。

生活保護自体は、憲法に根拠を置く公的扶助であり、日本社会のセーフティ・ネットであるから、その存在は悪いことではないし、その利用ももちろん悪ではない。問題は①外国人の受給、②無年金者の受給、③不正受給である。このうち、不正受給は犯罪であり、犯罪ゼロは現実的でなく常に存在するものだから、担当当局による摘発を今後も期待して、話は終わる。しかし、残る2つは制度的な問題である。

まず、無年金者の受給であるが、勤労世代のうちに年金負担をしなかった人たちが年金受給者よりも良い生活をしているのが問題である。正直者が馬鹿を見る社会は、不正受給が増える背景でもあると思う。年金負担をせずに老齢になったら生活保護を受ければよいというのであれば、年金を正直に負担している人が意味のないことをしているとなる。無年金者の生活は年金生活者のそれよりも下回るべきである。生活保護は「健康で文化的な最低限度の生活」をすることであり、健康とはたとえば病気になったら医療機関に行けることであり、文化的とはたとえば「服を着ていること」であっていい服を着ることではない。最低限度の生活とは、行き倒れない程度のものである。

憲法第25条の生存権基本的人権の規定であり、日本人を優先的に扱ったうえで余力があれば外国人にも適用してもよい。ただし、国民を守るのは第一義的には国籍国であるから、生活保護法の精神たる「自立を促す」に沿わない長期にわたるものや老齢ということであれば、本国へ送り返す渡航費用の一時的負担で済ませるのがよい。道徳観を異にする外国との意識差はあろうが、生活保護は「世間にお世話になっている」という意識が根底になくては、支えているほうの精神が持たない。恵まれている人が言われなき負担を強いられる状況は社会の不安定を招く。

同じ議論の延長線上で、欧州の難民問題も語ることができる。なんでもかんでも助ければいいというものではない。もちろん、崇高な理想と精神はそうであっても、現実的には金銭的問題があり、共倒れを招きかねない。生活保護はあるべきセーフティ・ネットではあるが、それは支える側に自らがいつでも支えられる側になる可能性を考慮に入れ、支えられる側がお世話になっていますとの精神を持って初めて相互扶助になるのである。権利に守られていると胡坐をかいて当たり前とする態度を採るなら、そうした制度は遠からず破綻するのである。