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学際知の地平

ポストモダン・ポストナショナル・ポストグーテンベルク・ポストヒューマンな時代に不気味な民主主義を考える

生き延びる知恵

孟子』の一節に「以小事大」(=小を以って大に事える)というのがある。そこには小国の越が呉に仕えた例が知恵として書かれている。つまり、大国を相手取った「小国のしたたかな外交政策(知恵)」である。しかし、後世になると、「小国はその分を弁えて、自国よりも大国の利益のために尽くすべきである」とか「支配的勢力や風潮に迎合して自己保身を図ろう」といった否定的なニュアンスを帯びるようになった。これを「事大主義」と呼ぶ。

中国で儒教が国教となり、いわゆる「華夷思想」ないし「中華思想」が生まれてくると、中国とその周辺国は冊封体制の中に組み込まれていく。この体制下で、大国におもねり、さらに周囲には「小中華思想」を持ち込んで悦に浸る傾向も出てきた。自らを「中華」の一部を構成する要素として認識し、その外へ対しては傲慢になる傾向である。

この「中華(文化の中心地)」が中国だけであれば、一貫性もあり、それなりであるが、「中華」が複数存在すると、とたんに破たんする。西欧諸国がアジアに進出し、その中国が植民地化されて「眠れる獅子」が眠ったままであることが白日の下に曝け出され、さらには日本がアジアを席巻するようになり、大日本帝国では日本の一部として勢力圏外に傲慢となった。やがて大日本帝国が崩壊してアメリカがやってくればアメリカに、そして日本が戦後の復興を遂げて復活すると再び日本に、という具合である。「支配勢力」が変わり、迎合する「風潮」が変わると、手のひら返しが起こるのである。

そして、再び中国がアジアで台頭してくるようになると、「事大主義」は「コウモリ外交」とされ、どちらからも信を得ることが難しくなった。利用されるだけされるというコマ扱いである。「事大主義」は「支配勢力」や「風潮」が一つだけの時には有効であるが、複数が存在するとすぐに破綻する。報告し、庇護を求める先が定かでなくなるからだ。しかし、こうした生き方が2000年近く続き、いまや民族の思考形態に染み込んでいるから、なかなか変えられない。

誤解のないように繰り返しておくが、「事大主義」は『孟子』にあるように、小国が生き延びる知恵なのである。善悪のモノサシの出番ではない。地政学を始めたとした様々な理由の中で、生き延びるための知恵なのである。こういう考え方があることを日本人はよくよく肝に銘じておかなければならない。決して、ズルいのでもセコいのでもない。視座が違えばいろいろなものが異なって見える。この意味では某国は常に一貫して「事大主義」を貫いているとも言える。伝統である。

このように相手の見方を熟知してこそ、自らの足場を堅固にできるのである。孫子にいわく、「敵を知って己を知れば、百戦して危うからず」と。