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学際知の地平

ポストモダン・ポストナショナル・ポストグーテンベルク・ポストヒューマンな時代に不気味な民主主義を考える

命の価値を下げる行為

「学生ハンスト実行委員会」が、安保関連法案制定を阻止するために、現役の大学生たちによって8月27日(木)より国会正門前でハンガーストライキを決行することを発表した。

「僕らも生命をかけてやるという覚悟はある」と主催者がインタビューに答えているものの、「知り合いのドクターが毎晩体調のチェックをしてくださいます」という体制で、命を懸けているはずなのに「今回だけではなく、この先にも繋げられるような行動をしていきたい」と矛盾したことを言う。つまり、命を懸けて抗議するハンガーストライキをもてあそんでいるようにしか見えない。

もともとハンガーストライキは、大英帝国の植民地支配に抵抗するマハトマ・ガンディーにより始められた非暴力抵抗運動の方法の一つである。北アイルランド独立運動の闘士は、投獄された同胞の待遇改善を求めてハンガー・ストライキを始め、マスコミに時々刻々と様態を報道させ、死に至るまでストライキを止めなかった。こうした壮絶なもののはずだ。だからこそ、示威行動になる。もっとも、言うことを聞いてくれなかったら自殺するぞというひどい脅しでもある。

学生たちが目標にしているのは、彼らが戦争法案と呼ぶ「命を軽んじる」法律の成立阻止だったはずである。それに反対するために命を懸けるのは筋がおかしい。もっとも、実際にはきちんと命を保証したうえでの行動であるから、命は軽んじていない。矛盾に矛盾を重ねた行動である。先人たちが文字通り命を懸けて守り抜こうとした抗議行動の外殻を真似ただけで、彼らが軽んじたのは、先人たちのハンガーストライキという抗議行動そのものである。

チャーチル英国元首相のセリフに「20才までに自由主義者でなければ情熱が足りない。40才でも保守主義者でなければ知能が足りない "If you are not a liberal at 20, you have no heart. If you are not a conservative at 40, you have no brain."」というのがある。若者が周囲に影響されて熱情に駆られて行動することは構わない。「若気の至り」という言葉もある。若者は色に染まりやすいという傾向もある。しかし、立ち止まって考えなくてはならない。与えられた情報を疑い、修正し、考えなければならない。それが成長するということだ。

この「知能が足りない」大人は、為政者にとって都合の良い「大衆」にしかならない。現在に赤く染まっていても、考えない大人は容易に青にも染まり直す。まさに、為政者や社会のリーダーたちに敢然と立ち向かっていくには、思慮深くあらねばならないのだ。これはとてもたいへんなことだが、民主主義においては、思慮深い大人は欠くべからざる要素である。その熱情を民主主義的に国を変えていく方向に発揮できないものだろうか。

勇ましい外殻の行動に目を奪われ、自分たちの行動の矛盾を放置して、悦に浸っていてはならない。命を保証して医者まで用意してハンガーストライキを気取っても、そこにはハンガーストライキが持つ強力な社会へのアピール力はなく、ただの遊戯にしかならない。しらけるだけである。世の中に真に訴えたいなら、別の手段があるように思う。